2022年3月12日 とちぎサイエンスらいおん第9回公開シンポジウム「自動車の未来」
2022年3月12日(土)に第9回とちぎサイエンスらいおん公開シンポジウムがオンライン(zoom)で開催されました。
事前告知内容はこちらです。
3年前に引き続き、サイエンスらいおん運営メンバーのお一人で、第54回らいおんカフェのゲストにもお越しいただきました、帝京大学宇都宮キャンパス講師の佐野和美さんからレポートをいただきましたので、掲載させていただきます。
なお、今回は講演内容に内部情報等を含んでいるため、動画の公開ならびに一部の講演者を除くスライドの公開を行いません。予めご了承ください。
第9回とちぎサイエンスらいおん公開シンポジウム「自動車の未来」レポート
佐野和美(帝京大学)
3月12日(土)、とちぎサイエンスらいおんの第9回公開シンポジウムが開催されました。テーマは『自動車の未来』。新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、昨年度に引き続き、オンラインでの開催となりました。『自動車の未来』をテーマとした企画は、一昨年前に企画され、コロナのせいで中止になった経緯がありますが、自動車の運転自動化の新技術の開発は、この2年の間だけでも大きく進歩しています。私たちの日常生活に欠かせない自動車がテーマとなっているだけあり、多くの皆さまが視聴してくださいました。
当日、予定が合わず参加できなかった方もおられると思いますので、内容を簡単にレポートしたいと思います。
基調講演は、本学理工学部、機械・精密システム工学科教授の井上秀明さん。一昨年前まで、日産自動車や自研センターにて車の自動化の研究に携わってこられた企業人でもあります。1995年から20年以上、日本での運転自動化研究を牽引してこられただけあり、「自動運転の課題とその取組み」と題された講演は、自動運転についての網羅的な解説や、最新の国内外の情報などが大変わかりやすく紹介されていました。
自動車の自動運転には、多くを人間がコントロールする従来型に近いレベル1から、運転の全てを機械システムに任せるレベル5までの5段階があります。特に大きな境目は、レベル2とレベル3の間にあり、レベル2までは、責任の所在がドライバーにあるのに対し、レベル3からはシステム(車)側に移行します。具体的には、レベル2までは、最新の自動車にはすでに導入されているレーンコントロールや緊急ブレーキのように、ドライバーの運転を支援することはあれど、常にハンドルを握り車の動きをコントロールする責任は「人」にあります。それに対し、レベル3では、緊急時にシステムから要求があった場合はドライバーが介入しなければならないという条件はあれども、ドライバーはスマホを使ったりテレビを見たりという脇見運転をしていても良く、車線変更や前の車との車間距離の調整などの車体をコントロールする動きのすべては、「システム」が担当します。人からシステムへ、責任の所在が完全に切り替わるため、レベル2と3には大きな隔たりがあり、それゆえに、レベル3以降を採用した自動車の導入は、難しいと言われています。(ちなみに、レベル4は、高速道路で時速50キロメートル以下という限定領域に限ってドライバーは完全に運転に参加する必要がなくなり、ドライバーは寝ていても良いし、そもそも運転席に座っている必要がないレベル。レベル5は、限定領域外の公道全てにおいてドライバー不要のレベルとされています)。
完全自動運転化を目指すのが最終的な目標ですが、それには難しい点がいくつもあります。講演で井上さんは、その要素を、(1)車・技術面、(2)社会面、(3)人との関連面の4つに分けて解説していました。
まず(1)の車・技術面ですが、最も難しい技術は、認知技術だといいます。私たちヒトの認知機能はかなり優秀で、特に難しいことを考えなくても、車のテールランプやヘッドライト、街灯やネオンが煌めくような混雑した夜の道路場面でも、信号の色を見分けることができます。しかし、機械システムでは、その全てを「条件」として教え込まないといけません。つまり、信号とは、どのくらいの高さにあって、どのような形をしており、青、黄、赤の色はどのような色味で……などなどの細かなことを、一度人間が「ルール」として教え込んで学習させなければ、光の海の中で「信号の色」を見分けることができないのです。もちろん、信号の色に伴う判断(青ならGO、赤ならSTOP)も、教えなければ行動できません。もちろん、人間が全て教え込むことは難しいので、AIを活用し、自分で学習しながら覚えていくように開発は進んでいますが、それでも、例外の全てを見分けて判断できるような認知機能を持たせるのは簡単ではないといいます。
次に提示されたのは(2)の社会・法律に関する制約です。自動運転の実用化に先立ち、道路交通法が改定されたのですが、自動運転中のドライバーの条件、すなわち、システムから要求があったら即座に応答できる範囲はどこまでなのか?という議論がしっかりと定まっていないようです。また、システムは「法律やルール」を頑なに守るように設定されます。しかし実際の運転の場面では、側道から本線に合流する際に、側道の制限速度を一時的に超えて加速する必要があったりしますが、そういった「融通」が、システムには難しいのだそうです。生真面目すぎるシステムにどこまで幅を持たせるかは容易ではないようです。
最後に(3)ですが、人とシステムの権限委譲に関する難しさとして、ドライバーが、「システムから要求があった際に即座に反応できる」状態でいられるかどうかが難しいといいます。よく、自動運転に関しては、レベル3が一番難しく、いっそのことレベル4に先に進む方がいいと言われますが、それがこの権限委譲の難しさからきているようです。
無事に動いている時には問題ないのでしょうが、一旦事故などが起きた場合、その事故の責任が誰にあるのかは、システムの状態がレベル3だったかレベル2だったかで大きく変わるのは先述した通りです。この辺りが、自動化に向けての大きな課題のようです。
このような課題を抱えつつも、車の自動化には大きなメリットがあり、近い将来には、レベル5の実現が期待されています。自動化のメリットとして一番大きいのは、交通事故や交通渋滞の低減です。日本では、毎年、ブレーキの踏み間違いなどの運転ミスでの自動車事故が起きています。井上さんによると、実際に、事故の93%が何らかの運転ミスによるものだという統計があるそうです。昨今の高齢化の進行が、この運転ミスの増加にも拍車をかけています。高齢者はどうしても認知判断能力が低下します。自動運転が進めば、交通事故が大幅に減ると期待されています。また、宅配業などの運送業の人手不足の解消や、高齢化が進む地方都市での移動手段、新たな産業の創生にも役立つと期待されています。
自動運転は、実用化の段階に入っており、私たちの暮らしをより便利に豊かにしてくれると期待されています。さらに、一人乗りや二人乗りの小さな乗り物は、駐車スペース不足が深刻な都市部ではとても便利に使われるでしょう。運転免許を持っていない人や、高齢者や子供などが気楽に移動に使える自動運転車が街を走る未来が、もうすぐそこまで来ているのかもしれません。
講演の最後に、井上さんが現在取り組んでいる、自動運転パーソナルモビリティ研究の紹介がありました。こちらは、高齢者を支援する車椅子の話でこちらもとても興味深いものでした。歩く人の後を犬のようについてきて、ちょっと疲れたら引っ張ってもらい、ほんとうに疲れたら座って運んでもらう。車椅子というよりも、心強い相棒です。私自身が高齢者になる頃には、こんな便利な乗り物が手軽に利用できる社会になっているといいなと思いました。
この後、休憩を挟んで、牧田匡史さん(帝京大学理工学部機械・精密システム工学科講師)と米川明之さん(本田技研(科技)有限公司 四輪開発センター PT開発部部長)の講演が行われました。
牧田匡史さんの講演では、「自動車の安全対策の状況」ということで、2021年から2025年までの5年間の計画として定められている政府の道路交通の安全目標(交通安全基本計画)をどう実現するのかについて、各自動車メーカーの取り組みなどが紹介されました。
日本が掲げる目標は、「世界一安全な道を目指す」ということで、24時間の死者が2,000人以下、重傷者が22,000人以下、と設定されているそうです。
自動車の安全対策には2種類あり、①衝突安全技術、②予防安全技術にわけられます。①の方は、我々もCMなどで目にすることもある、ダミー人形を積んだ車を実際に壁などに衝突させてダメージを調べる試験技術のことです。講演では、②についてより詳しく解説されました。
まずはじめに、自動車事故対策機構(JNCAP)が作成している自動車アセスメントのページが紹介されました。現行の自動車の(安全基準を守ることは当然で、基準よりどの程度上乗せして優れているかの値を元にした)安全性能ランキングが見られるページです。メーカー、車種、年度ごとに試験結果が紹介されており、車選びに役立ちます。興味のある方は、こちらのHPで検索してみてください(https://www.nasva.go.jp/mamoru/)。
自動車の安全対策として、やはり、1番の課題とされているのは高齢化にどのように対応するかだそうです。社会の高齢化は年々進行し、深刻な問題になりつつあります。免許制度の改定や、超小型モビリティ(1人や2〜3人乗りの自動車)の開発などもこの対策の一つとして考えられているそうです。また、そのような超小型モビリティが市場に投入されるようになると、交通の多様化により「混合交通」となることでの課題が生まれます。ドライバーである「人」がなんとなくこなせる運転技術のことを、牧田さんは「阿吽の呼吸」と表現されていました。他の車両への思いやり、譲り合いなどの、数式で表せない感覚的な部分は、機械がもっとも苦手な部分です。井上さんの基調講演でも話題に出ましたが、「ヒトの運転技術」は、機械が完全に再現するのが難しい部分を多く含んでいるようです。改めて、人の脳の機能の不可思議さを感じました。
牧田さんは現在、高齢者の運転動作の研究をしているそうです。人間工学の研究を運転動作の解析に生かすことで、高齢者でも安全に運転できる自動車増えるといいなと思います。
※米川氏資料[PDF]
次の講演者は、本田技研でエンジンの研究をご専門にされている米川明之さんです。米川さんは、「自動車の電動化について」と題し、遠く中国広州からの講演でした。遠く離れた場所でもタイムラグなく参加していただけるのは、オンラインでの講演会のメリットです。
はじめに、電動車の種類が紹介されました。たとえば、ガソリンなどの燃料と電気を併用して使うハイブリッド車は有名ですが、同じハイブリッド車(HEV)でも、プラグインハイブリッドと呼ばれる、外部からコンセント等で充電とは違いますし、燃料と電気のどちらを主動力に使うかでも名称が違うそうです。また、燃料を石油などの化石燃料に頼らず、トウモコロシ由来などのバイオ燃料を用いたり、水素を燃料に用いたりする車も開発されています。自動車業界全体の流れとしては、完全に電気に頼ったEV 車の市場への普及を目指し、各メーカーが開発を行っているといいます。
地球温暖化問題が深刻化してきている中、世界全体として、二酸化炭素排出をプラスマイナスでゼロにする取り組み、「カーボンニュートラル」が求められています。日本も、2050年をめどに達成する目標を掲げています。これに伴い、エンジン車への規制が急速に厳しくなっています。特に厳しいのはEU圏で、EUでは、2030年以降、新規の燃料エンジン車の販売はできなくなります。
米川さんによると、現在までの世界での電気自動車(EV車)の販売は650万台で、全世界の自動車の9%に相当するそうです。ヨーロッパでは、この2年で特にEV 車の割合が増え、イギリスでは25%、ノルウェーでは実に70%がEV 車となっているそうです。日本ではまだ1%程度ほどですが、私たちが次に車を買い替える時には、電気自動車を検討する時代になってきているようです。
講演の後半では、現在手に入れることができる各メーカーの電気自動車がいろいろと紹介されました。ちょうど電気自動車の購入を検討されている方には、とてもタイムリーで役に立つ情報だと思いますので、ぜひ講演を聞いてほしいと思います。
現在、私たちが車を買い替える時に、EV 車の購入を躊躇してしまう理由はいくつかあります。一つは、航続距離の短さです。続々と航続距離が長い車両が開発されていますが、短いものでは、街乗りにはあまり不便さがないので、都市部で使用するユーザーは気にする必要がないのかもしれません。都市部では特に、若者を中心に車離れが進んでいます。維持費の問題や駐車場不足や駐車場価格などから、自動車保有を望まない人が急速に増えている状況です。小型のEVなら、狭いスペースで駐車できるようになり、問題のいくつかが解消するのかもしれません。
次に、充電場所不足と充電時間の長さです。これに関しても、サービスエリアや道の駅での充電スポットの整備は進んでいますし、これからますますスポットの数は増えていくと思います。充電時間も短くなるよう開発が進んでいます。逆に、岐阜県のように、車離れが進みガソリンスタンドが減ったことによって、自宅でも充電できるEV車の導入が進んだという事例もあるようです。社会への普及が進めば、充電スポットはさらに増えていくでしょうから、不便は感じなくなることでしょう。本体価格の高さも、導入が進み需要と供給の市場原理が働けば、手に入れやすい価格に下がっていくことでしょう。
お隣の中国では、2050年にはEV 車を50%にする目標で、現在、上海市内のバスはほとんどすべてがEV車に置き換わり、タクシーも半分くらいはEV車になっているのだそうです。
3人の方からの講演の後、総合討論の時間がありました。
時間の関係上全ての質問にその場で答えることは難しかったのですが、EV車が普及するためには材料の面では問題がないのか、落下物などの突発的な道路の状況にどのように対応するのか、レベル4の方がは早く普及すると言われているのは本当なのか?といったようなさまざまな質問に答えておられました。
全体を通じて、世界全体として、自動運転化と電気自動車への移行は避けては通れない状況になっていることが改めて感じられ、自動車ユーザーの側も、その動向に関心を持つ必要があると感じました。