イベント開催報告 1535106798899

Published on 9月 8th, 2018 | by サイエンスらいおん事務局

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2018年8月21日 サイエンスらいおんカフェ第68回(江口建さん・藤平昌寿さん)

※事前の広報内容はこちらです。

今回のカフェは事前の告知通り、
サイエンスらいおん参加機関の一つである宇都宮市立東図書館による新企画
「よるとしょ」の第1弾イベントとして、コラボ開催いたしました。

閉館後の図書館の、本に囲まれたスペースの一角で座談形式で行う、本や図書館についての哲学対話。
本好きにはたまらない時間でしょうし、そうでない方でも普段とは違った時間の流れを体感できます。

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今回のカフェの概略レポートについては、宇都宮市立図書館サイトで紹介されました。
また、当日取材を受けた下野新聞にも掲載されました(一部有料記事です)。
まずはこちらをご覧いただきましたら、
ファシリテーターの江口建さんより当日の詳細なレポートをいただいておりますので、以下にご紹介いたします。
(江口さんが帝京大学で開催している「哲学カフェ」のレポートの一つとしてもアップされています。)

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今回は、「サイエンスびぶりお哲学カフェ~本とあなたと哲学と~」と題して、とちぎサイエンスらいおんプロジェクトと宇都宮市立東図書館主催「よるとしょ」と共同で開催しました。「よるとしょ」は、閉館後の図書館で行うイベントで、本イベントが初めての企画となりました。参加者は、東図書館の職員を含めた男性 7 人、女性 5 人の計 12 人で、参加者の年齢や経歴も異なります。帝京大学からは、本学宇都宮キャンパス総合基礎科目講師 江口建と、とちぎサイエンスらいおん客員研究員 藤平昌寿がファシリテーターとして参加しました。

まずは、漠然と「本」や「図書館」について思っていること、他の参加者に意見を尋ねたいことなどをあげていきました。自分が読みたい本はどうやって選ぶのがよいかという疑問に始まり、紙の本と電子書籍の利点と欠点、図書館や図書館司書の存在意義、さらには現代社会および現代人の行く末にまで話題は広がりました。

対話は、ある参加者の一万円選書についての感想から始まりました。一万円選書とは、北海道の書店が企画している、一万円を支払うとその書店の店員が注文者にあった一万円分のおすすめ図書を選んで届けてくれるというものです。現在、あまりに好評で対応しきれず、受付停止中になっていることが残念なので再開してほしいと思うとのことでした。

それを受けて、別の参加者が本をめぐる昨今の状況について話しました。最近は、インターネットで「あなたにおすすめ」の本が自動的に表示されます。この機能は便利ですが、他方でもっと主体的・能動的に自ら読みたい本を探しに行くことも大切です。他の人に選んでもらうのではなく、自分の中にあるテーマに基づいて、興味を深く掘り下げていくことを現代人はしなくなっているように感じています。今の日本人には「個」が欠けているような気がしてなりません。現代人はどのようなテーマを抱えて生きているのか、興味がありますというような趣旨を発言しました。

そこから、本選びはどのようであるべきかという話に広がりました。ある参加者が自分の経験に基づいて、自分で選んでいると自分に都合のよい本ばかりを手に取ってしまうことがあると述べました。人間は、自分が信じたいもの、自分が寄り添いたいものだけを収集してしまいます。それは、ある意味で危険でもあって、適宜、選書企画などのアウトソーシングを利用することで、自分を相対化できるのではないかという意見を述べました。

本との出会いには、「偶然」の要素も入ってきます。ある参加者が、図書との出会いは恋愛と似ていて偶然の出会いも大きいと思うと述べました。実際、たまたま紹介された本が、人生の中でかけがえのない出会いになることもあります。これに関連して、学生に授業課題として図書館に行って本を探してくるように指示する際に、書架に目的の本が見つかったらその両隣の本も借りてくるようにアドバイスしている大学教員もいるというエピソードが江口講師から語られました。たまたま目についた本が、思わぬ収穫をもたらしてくれることもあるからです。

参加者の意見を大別すると、他人に選んでもらうのもよいのではないかという立場と、自分で主体的に選ぶのがよいのではないかという意見です。他人に選んでもらう場合、誰に、どういう基準で選んでもらうのかということが問題になります。一方で、自分で選ぶ場合、好みが偏ってしまう恐れがあること、広がりが出ないこと、また、偶然の出会いのような胸が高鳴る気持ちを感じることができないということが考えられます。

ここで、ある若い参加者が論点を拾いつつ、次のように話してくれました。本を誰かに薦めたり、選んでもらうことは画期的なことですが、誰に選んでもらうかが大事だと感じています。自分に本をすすめてくれる友人がいて、この本が向いている、逆に、この本はつまらないと思うなどといった率直にアドバイスをしてくれ、そのことがおもしろいと思うし、ありがたくも思います。そのように述べてくれました。

その参加者によれば、身近ではない人の言葉ではなく、自分がよく知っていて信頼している友人だからこそ、その意見を聴いてみようという気持ちにもなるそうです。本来、自分の経験を増やしていくことは、そのようなステップを踏んでいるのではないかとのことでした。確かに、家族、友人、先生など、身近な人からアドバイスをもらって、さまざまなことに触れる機会を増やしてきたように思います。

それを受けて、ある参加者が現代社会のあり方や人間関係の作り方に言及しました。現代では、「顔の見える」関係性が希薄になっています。その典型的なものがインターネットです。現在、大学生や若者にとって、自分とパソコンやスマートフォンとの距離が自分と世界との距離になっているといっても過言ではないと考えられます。画面の向こうには、顔も本名もわからない匿名化された人びとがいます。パソコンやスマートフォンに向かって、そのような匿名化された人びととやりとりをし、不特定多数の誰かとつながったつもりになっているといえます。だからこそ、哲学カフェのような場で面と向かって「対
話」する場が大事になるとも言えるのです。

昨今、インターネットで注文すれば家に届けてくれるという宅配サービスが普及しています。この風潮がさらに広がれば、人びとは家から一歩も出ずに、画面とボタン操作だけで本を選ぶ時代が来るかもしれません。もっと極端な仮定を述べれば、いつか、書籍がすべて電子データ化され、紙の本ではなく電子データの送受信だけでやりとりができる時代がくるかもしれません。たとえば、世界中の本がすべて電子化され、紙の本が発行されない時代がくる仮定すると、人びとは紙の本を手に取る必要がなくなります。本を所蔵する場所も不要となるため、図書館や本屋はこの世界からなくなり、電子化されたデータを管理する場所があれば十分だと思われます。そうなると、人びとは家から出なくてすむということになるのではないでしょうか。

このような世界の到来を残念に思うか、それとも奨励するかは参加者によって温度差はあるようです。
しかし、多くの参加者は、そのような社会に違和感を覚えるようでした。「今後、さらに社会が IT 化されて書物は全て電子書籍化される時代がくることについてどう思うか」という問いかけに対して、単純に紙の本を所蔵するには本棚が必要なので電子化すれば持ち運びもや整理整頓も手軽になるという意見が出ました。

ここからは、「紙の本」のよさとは何かということをめぐって、参加者一同、深く考え始める時間となりました。参加者たちは、うまく言葉にできないながらも、確実に何かを感じているようでした。さまざまな意見を交わしたあと、ある参加者から次のような問いが投げかけられました。私たちが紙の本に惹かれる理由は、単なる「習慣」なのか、それとも、紙には、もっと本質的な何かがあるからなのでしょうか。つまり、子どもの頃に紙の本で育ったから、紙の本に愛着があるだけなのか、それとも、時代に関係なく、紙の本には人を惹きつける何かがあるのかということです。

さまざまな観点から話し合った末に、五感が大切だという考えに至りました。視覚だけでなく、嗅覚や聴覚、特に触覚から得られる経験が大事であるという意見に多くの参加者が納得しました。紙の質感、ざらざら感、ぬめり感、紙の匂い、紙をめくる音など、本にまつわるあらゆる要素が、読書という経験を形作っています。ある参加者が、読書という体験は自分にとって単なる情報摂取ではなく、言葉にはしがたい独特の体験だったと発言しました。そこに深くかかわっているのは、身体性です。二次元データやヴァーチャルリアリティ(VR)には、身体経験が欠けていると言えます。

画面上で情報を追う行為とは違って、読書は身体的な経験です。それは、紙をめくり、その質感、重さ、匂い、音を感じるという「身体の経験」です。さらに、本を探すという行為自体が、身体で「世界」と「他者」を経験する行為であるとも言えます。本屋や図書館という静謐な場所で、書架の間をゆっくりと歩きながら、背表紙を目で追い、ときに物思いに耽り、他人の気配を感じ、働く店員や司書などの存在を意識するというその経験には「他者」がかかわってきます。パソコンやスマートフォンの前で、画面を眺めているときとは明らかに違う経験をすることができます。

また、図書館に行くと安心するのはなぜだろうかという疑問が参加者から出ました。図書館という空間にいると、心が落ち着くのはなぜなのでしょうか。ここにも、電子書籍やインターネットには欠けている「何か」が関係しているのかもしれません。一方で、VR でますます五感を再現できる技術が発達することが予想されるので、それが実現した際に私たちの身体経験はどうなるのか興味があるという意見が出ました。

さらに、紙の本のよさとして、経年劣化があげられました。年月を経た書物に触れることによって、過去をさかのぼり、思い出を次世代につなぐことができます。例えば、祖父母から譲り受けた本のページの角が折ってあったり、古本屋で購入した本のページにしおりが挟まっていたりなどです。そこには、その本を読んだ人の思い出が残っています。それを、次に手に取った人が感じることができることは、紙ならではのよさと言えるでしょう。紙の日焼け具合で、その本がどのような状態で保管されていたのか、どのように扱われていたのかも感じることができます。

これは、電子書籍では再現不可能です。そもそも人為的に再現することに意味がありません。電子書籍のよさは、いつまでも新品同様の状態を保つことができ、何度でもそれを複製できることにあります。
つまり、オリジナルとコピーの区別がない点が電子データの特徴といえます。しかし、「本好き」な人にとっては、それが必ずしも利点とならない場合があります。紙の本の場合、少なくとも、コレクターなどにとっては、初版と再版では雲泥の差があります。

他にも、紙の本のよさとして、鉛筆で線を引ける、書き込める、付箋を貼れるなどが挙げられました。自分の使いやすいように加工するためには、紙の本の方が都合がよいようです。さらに、自分が何ページ読んだか、残り何ページあるかが一目瞭然にわかることも紙の本の利点です。また、最近では大学生でも電子辞書を使うことが多いですが、電子辞書は、使い方を知っている人、例えば、すでにある程度のレベルまで語学を修めていて、仕事や研究のために使う人にとっては非常に便利ですが、語学の初心者が電子辞書で学習すると、表示される範囲が限定されているため、画面に表示されている部分しか読ないという弊害があります。紙の辞書であれば、ページ全体が視界に入るため、このような弊害を減らすことができます。紙の辞書のよさは、探している単語以外の単語を見ることができることにあります。

これも「偶然の出会い」と言えるでしょう。そしてなにより、私たちが今まで経験しているように、電 力供給が止まれば電子データは使えません。
しかし、そういう実際的な事柄や、本質的で根源的な言葉にすることができない何かが紙の本にはあるのではなかということが参加者たちの実感でした。そして、どうやらそれは、私たちの身体経験が持つ意義にあるのではないのでしょうか。このような洞察に参加者一同がたどりついたところで、終了時刻となりました。

紙の本に対する愛着が、「習慣」によるものなか、それとも、より深く長い人類の本質にかかわっているものなのでしょうか。バーチャルな二次元の世界に慣れた次世代が大半を占める時代になったとき、私たちは紙の本についてどのように感じるのでしょうか。この魅力的な論題を、懐古趣味で終わらせないために、本について、本屋について、図書館について、読書について、文字について、思考を続けていきたいと改めて思わせてくれるような哲学カフェとなりました。
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ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

[文責:藤平 昌寿(とちぎサイエンスらいおん事務局)]

 

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